La Almazara by Philippe Starck(ラ・アルマサラ|フィリップ・スタルク)
世界最大級のオリーブオイル生産地として知られるスペイン・アンダルシア州。ロンダ郊外のなだらかな丘陵地帯に広がるオリーブ畑の中に、赤い立方体が静かに佇んでいます。 La Almazara(ラ・アルマサラ )は、オリーブの歴史や文化を伝える展示空間と、オリーブオイル工場を一つの建築に収めた複合施設です。
設計を手掛けたのは、家具やプロダクト、建築、船舶、さらには宇宙空間のインテリアまで、多彩な分野で活動するフランス人デザイナー Philippe Starck(フィリップ・スタルク)です。「Goodness over Beauty(美しさよりも善さ)」を信条とするスタルクは、美しさだけではなく、社会的価値や持続可能性を備えたデザインを追求してきました。
ラ・アルマサラもまた、その思想から生まれた建築であり、スタルクはこの建築を「永遠のオリーブオイルを讃える神殿」と表現しています。
ラ・アルマサラの体験は、周囲に広がる風景から始まります。 敷地には、150年以上の歳月を重ねたオリーブの古木が今もなお実をつけています。オリーブは樹齢3年ほどから実を結び始め、500年以上にわたって生産を続けることもある特別な樹木です。ラ・アルマサラでは、こうした風景も建築の一部として扱われています。建物は地形の起伏に沿って配置され、景観への影響を最小限に抑えるよう計画されました。
オリーブ畑を抜けると、一辺35メートルの赤い立方体が静かに姿を現します。 スタルクは、この建築を「可能な限り立方体に、可能な限り一つの塊として」と構想しました。 その姿は風景の中に佇む一つの記念碑を思わせます。
建物へ近づくと、外壁にはこの土地の文化や風景を思わせる造形が姿を現します。ピカソをはじめ、数々の偉大な芸術家を生んだアンダルシア。その鋭い眼差しを象徴するように、建物の一面には巨大な眼の彫刻が設けられ、一方には、この地で長く受け継がれてきた闘牛文化を象徴する巨大な角が突き出し、別の壁面には巨大なオリーブが埋め込まれています。
これらは、建物の内外に配置された「Unique Elements(ユニーク・エレメント)」と呼ばれる造形です。圧倒的なスケールを備えたこれらの要素は、単なるアート作品ではなく、オリーブオイルの歴史や文化を伝える展示、あるいは工場設備として、それぞれ明確な役割を担っています。
また、外壁には、穴の開いた壁を二重に設けた「ダブルスキン構造」が採用されています。室内環境を調整する役割を担うだけでなく、この構造には鳥が巣をつくることのできる環境も設けられています。建築そのものが、小さな生息環境としても機能しているのです。 スタルクは、「自然は守られるだけではなく、建築によってさらに広がっていく」と語っています。
赤く着色されたコンクリートは、アンダルシアの大地の色彩と呼応し、この建物を風景の中に静かに定着させています。
館内へ足を踏み入れると、アンダルシアで長く受け継がれてきたオリーブの歴史や文化、そしてオリーブオイルへと生まれ変わるまでの製造工程を紹介する展示が広がります
そして、その展示空間には、外壁にも見られたユニーク・エレメントの造形が続きます。
その一つが、高さ7.5メートルにも及ぶ巨大な人物のモニュメントです。FRPと吹き付けコルクによってつくられた抽象的なバストは、展示作品でありながら、建築の一部のように空間に立ち現れます。 さらに、巨大な闘牛の剣や角など、現実のスケールを超えた造形が空間に点在しています。それらは外壁に現れた造形と同じく、ロンダで長く受け継がれてきた闘牛文化や、この土地の歴史を象徴するものとして、建築の中に取り込まれています。
さらに、天井一面には、現代アーティストでありフィリップ・スタルクの娘でもある Ara Starck (アラ・スタルク)による大規模なインスタレーションが広がります。ロンダの渓谷やオリーブ農家、闘牛文化など、この土地の風景や記憶を、スペイン絵画を思わせる色彩と明暗表現によって一枚の絵画へと描き出しています。建築そのものをキャンバスとすることで、土地の風景や歴史が空間全体へと広がります。
こうしたさまざまな作品とともに、この建築には、オリーブオイルの製造そのものを支える設備も一体的に組み込まれています。その象徴ともいえるのが、収穫されたオリーブが建物の外から地下の製油室まで運ばれていく一連のシステムです。
建物の外で収穫されたオリーブは、まず屋外に設けられたホッパーへと集められます。そこからコンベヤーベルトによって建物内へ運ばれ、オリーブオイルの製造工程へと進んでいきます。起伏のある敷地に合わせて設計されたこの搬送システムも、フィリップ・スタルクによってデザインされました。
建物内へ入ったオリーブは、さらに一本の巨大な搬送パイプを通って、美術館のメインフロアに設けられた中央ホッパーへと送られます。そこから地下へと運ばれ、製油室へ。ここから、オリーブを粉砕、撹拌、遠心分離する製造工程が始まります。
全長30メートルの搬送パイプはテンションケーブルだけで支えられ、工場設備でありながら、空間を構成する巨大な造形としても存在しています。生産のための設備を隠すのではなく、その営みそのものを建築の中に見せること。ラ・アルマサラでは、オリーブオイルが生まれる過程そのものが、建築体験の一部となっています。
施設内には、展示や工場だけでなく、オリーブオイルを使った料理を楽しめるレストランや、一連の製品を購入できるショップも併設されています。
薄暗い内部空間を進むと、突然、長方形の光が差し込みます。その先に現れるのが、建物から大きく張り出したテラスです。高さ8メートルの片持ち式テラスは、本物の船舶用チェーンによって建物から吊り下げられています。
テラスへ出ると、視界は一気に開け、アンダルシアの雄大な山並みと、その裾野に広がるオリーブ畑を一望できます。建物の内部から切り取られたこの開口部は、アンダルシアの風景を一枚の絵画のように映し出す、ひとつの額縁となっています。
ラ・アルマサラは、オリーブオイルをつくるための工場であると同時に、その背景にある土地の風景や歴史、文化を体験するための建築でもあります。オリーブが畑から建物へ運ばれ、さまざまな工程を経てオイルへと生まれ変わる。その営みをアートや展示、建築そのものへと組み込むことで、オリーブオイルを取り巻く物語を一つの空間へと結びつけています。
そして建築を巡った先には、再びこの土地の風景が広がっています。オリーブ畑から建築へ、最後にはその土地へと視線が戻っていく。フィリップ・スタルクは、オリーブを讃えるだけでなく、それを育むアンダルシアの風景と営みそのものを建築として描き出しています。




