Les Arcs by Charlotte Perriand
Le Corbusier(ル・コルビジェ)の側近として活躍し、日本との親交も深いフランスの建築家・デザイナー Charlotte Perriand(シャルロット・ペリアン)。数多くのプロジェクトを手がけてきた彼女の代表作の一つが、フランス・サヴォア県に位置する Les Arcs(レ・ザルク)です。
このレ・ザルクは、ペリアンが建築、都市計画、インテリアデザインに至るまで総合的に監修したスキーリゾートです。彼女の元には国内外から様々な建築家が集まり、一つのチームとしてプロジェクトが進められました。
ペリアンといえば20代の頃から本格的に登山をはじめ、75歳までスキーを続けていた、生粋の山岳愛好家でもありました。そうした背景のもと、1935年には高山ホテルの計画案を手がけ、翌年以降には Pierre Jeanneret(ピエール・ジャンヌレ)とともに登山家やスキーヤーに向けた山小屋を次々と設計していきます。そして、Méribel(メリベル)の一連のプロジェクトへと続き、山岳環境における居住のあり方を長年探求してきました。
こうした積み重ねの先に位置付けられるのがレ・ザルクであり、彼女の思想と経験が結実した集大成とも言えます。


Les Arcs 1600
レ・ザルクの計画において最初に開発が進められたのが、標高1600mに位置するレ・ザルク1600です。当初、計画はシャンベリーの建築グループ AAM(山岳建築アトリエ)によって進められていましたが、計画の発起人である Roger Godino(ロジェ・ゴディーノ)がより多角的な山岳建築への視点を求めたことから、ペリアンに協力を依頼しました。
計画が本格的にスタートしたのが1967年。当時、64歳だったペリアンは、その後1980年代半までレ・ザルクの開発に深く携わることになります。

レ・ザルクの中でもとりわけ象徴的な建築として挙げられるのが、この La Cascade(ラ・カスケード)。1600の計画において最初期に設計されたこの建物は、山肌に沿って立ち上がり、7つのセクションからなるユニットが段状に連続する構成を持ちます。その姿が滝のように見えたことから「La Cascade(フランス語で滝)」と名付けられました。

特徴的な構造の一つは、覆い被さるように35度傾斜したファサードです。斜面に呼応するこの大胆な構成は、建物と地形の調和を生み出すと同時に、目の前に迫り来るかのような強い量感を生み出しています。こうした構造を実現するにあたり、内部の骨組みの検討には Jean Prouvé(ジャン・プルーヴェ)が関与し、その技術的成立に大きく寄与しました。

エントランスには、スキー靴の着脱用スペース、スキー用具を管理するロッカースペースが設けられています。建物の目の前にゲレンデが広がっているため、利用者は靴の着脱からスキー用具の管理まで、シームレスに行うことができます。

ラ・カスケードを抜けると、ホテルと分譲販売用にそれぞれ建設された La Cascade(ラ・カシェット)が広がります。
1968年に計画が始まった Hotel La Cachette(ホテル・ラ・カシェット)は、斜面地形に沿って複数のセクションに分かれた構造を特徴とし、当初は Pierre Faucheux(ピエール・フォーシュ)らによって設計が進められました。度重なる計画変更と財政難の中で、ペリアン主導により外観や内部構成が再編され、全面ガラスのファサードと連続するバルコニーによって景観との一体性が強化されます。プルーブェの娘でテキスタイル作家である Simone Prouvé(シモーヌ・プルーヴェ)もタペストリー制作で空間に関わりました。
これらの建物が集まるエリアを抜け、山道を進むと、プロジェクトの後期に建てられたVersant Sud(ヴェルサン・シュッド)が現れます。
ヴェルサン・シュッドは、巨大な一つの建物ではなく、4つの建物が階段のように段状に連なります。最下段の建物の屋根が一つ上の段の建物のテラスとなり、それがさらに上段に続くことで、段状の構造を形成しています。この案は、1962年に ペリアン、プルーヴェ、コルビジュエの元で学んだ鈴木廉らが共同で参加した別のリゾート開発地のコンペ案が元になっているとされ、そのコンペでは実現に至らなかったものの、基本的な構造はこの建物に継承されました。
レ・ザルク1600のエリア内にある共有スペースにはペリアンが手がけた家具が多くみられます。そのうちの一角には NEMO社が復刻したペリアンの名作の一つ、Applique À Volet Pivotant シリーズがリズミカルに配置され、空間を彩ります。

Les Arcs 1800
標高1800mに位置するレ・ザルク1800は、想定収容人数約2万人と、レ・ザルク1600の約2倍の規模を持つ、計画最大のプロジェクトとなりました。
この大規模開発を限られた工期で実現するため、ペリアンはプロジェクトにおける共通の建築基準を策定。各建物の責任者に指名された建築家たちはそれに基づいて設計を進め、最終的にはペリアンとの協働のもと建設が進められました。
エリアは標高ごとに続きますが、ペリアンが都市計画全体に深く関与したのはレ・ザルク1800までとなりました。
右:Les Belles Challes(1973~1975年)Charotte Perriand , Bernard Taillefe , Roger Boulet
レ・ザルク1800以降の特徴として、バルコニーの手すりが金属製に変更されます。レ・ザルク1600の木製手すりは視覚的な美しさを備える一方、雪が積もりやすいという課題があり、この仕様へと改良されました。ペリアンは、手すりの色について「女性の目のように、青や緑といった色で彩った」と語ります。その鮮やかな配色は広大な自然の中に溶け込み、風景と建築を柔らかく結びつけます。
Charotte Perriand , Bernard Taillefe
レ・ザルク1800を象徴する建物の一つが La Nova(ラ・ノヴァ)。
全長が約200mにも及ぶこの建物は、勾配のある地形に沿って建設されており、上空からみると大きなカーブを描く半円状の姿が印象的です。
約2000人の収容を可能とするラ・ノヴァはその特徴的な全体構成に加え、各バルコニーを両サイドとわずかにずらして配置することで心地よいリズムを生み出しています。さらに、カーテンには赤・青・黄のモンドリアン調の配色が採用され、建築に鮮やかな彩りを与えています。
ペリアンは室内から外の景色を眺める際に、他の建物がなるべく視界に入らないように配慮しました。各建物の配置を緻密に計算することで、まるで広大な自然の中にそっと溶け込むような、特別な空間を生み出しているのです。
レ・ザルクでは、主要な動線から車の存在が極力排除され、人々は徒歩やスキーによって建物間を移動します。この環境は、都市的な要素を遠ざけ、アルプスの自然の中で過ごす体験を際立たせています。
ペリアンは「この地域からは、今日の都市を想起させるようなものは 一切排除しなければならない」と語り、建築と風景の調和を追求しました。
そうして生まれたレ・ザルクは、単なるリゾートを超え、自然と人間の関係を静かに問いかける場所として、今も独自の魅力を放ち続けています。





