1|クラフツマンシップとデザインの邂逅。彩豊かなBitossi(ビトッシ)の世界。
16世紀より Bitossi(ビトッシ)家は陶磁器産業に力を入れ、その豊富なアイディアと熱意を様々な製品へ反映してきました。
16世紀より Bitossi(ビトッシ)家は陶磁器産業に力を入れ、その豊富なアイディアと熱意を様々な製品へ反映してきました。
Bitossi(ビトッシ)の代表取締役 Cinzia Bitossi(チンツィア・ビトッシ)の曽祖父 Tito Bitossi(ティト・ビトッシ 1836 - 1900)は、長きに渡る州の危機的状況を乗り越え、フィレンツェ西部のサンミニアテッロにある溶鉱炉で当時の装飾様式と調和するタイルと園芸用品の生産を再開します。
息子の Egidio(エギディオ 1862 - 1935)が加わり、彫刻制作と修復作業の事業も拡大していきます。彼の甥 Guido(グイド 1889 - 1937)は、美しいテラコッタの小さなボックスと芸術的装飾品の生産を続けながら、顧客からオーダーメイド製品を受注することで家族経営だった Bitossi をより大きな会社へと成長させました。
1920年代初頭、会社の急成長を受け、フィレンツェのモンテルーポ・フィオレンティーノへ本社を移します。その後、早すぎる Guido の死、経済的、社会的な困窮、開戦といった様々な出来事を乗り越え、会社は劇的な成長を遂げます。
3代目の Cinzia Bitossi は「私の父の粘り強さ、勇気と直感のおかげで、10年も経たないうちに会社は再び軌道修正しました」と語ります。商業政策を陶磁器類に留めず、様々な項目へ分散させることで1950 - 70年の20年間に渡り、Bitossi 史上最もクリエイティブな時代を築くことに成功します。当時の協業者であるアーティスティックディレクターの Aldo Londi(アルド・ロンディ)、Ettore Sottsass(エットレ・ソットサス)や彼の妻 Fernanda Pivano(フェルナンダ・ピヴァーノ)の Bitossi に対する貢献は多大なものでした。
1990年代半ばになると Cinzia Bitossi が生産のディレクションを執ります。国際化に伴う不確実性がある一方で、先代たちが築き上げてきたアイディアの質、プロジェクト、技術、素材を振り返り、ブランドのアイコンとなるユニークな製品や国際的なアーティスト、デザイナーと共に作り上げる限定コレクションといったイタリア文化的なアイデンティティに改めて着目します。
「経営する世代ごとの課題はあれど、家族で事業を経営してきたという事実は類稀な歴史、伝統、文化の積み重ねを意味します。過去の偉大な功労者たち、確固たる強い意志を持った最愛の父 Vittoriano Bitossi(ヴィットリアーノ・ビトッシ)、予測不可能な未来とうまくやっていくことは時に困難ですが、既に現場にいる新しい世代と一緒に恐れず自信を持って先を見据える大切さを私は理解しています。」